井上禧之助(初代旅順工科大学学長)旧邸宅
井上禧之助旧邸宅
大連市旅順口区太陽溝五四街11号
竣工 調査中
設計 調査中
施工 調査中
旅順博物館の北側にあるロシア時代初期に建築されたと伝えられる建物です。正確な竣工、施行時期は不明ですが、周辺の建物から1900年前後の建築であると推測されます。この建物には初代旅順工科大学学長を務めた井上禧之助(1873-1948)の旧宅として利用されています。
井上退去後は1945年にソ連軍が占領管理、1955年に中国軍へ移管を経て今に至ります。現在も軍管理と思われますが、特別な管理をされているわけでもなく、近づくこともできます。大連市重点保存建築です。
井上 禧之助(いのうえ きのすけ) 1873-1948
山口出身の明治から昭和初期に活躍した地質学者。農商務省を経て1925(大正14)年4月に初代学長に就任(~1931(昭和6)年4月まで)。その後は日本地質学会会長などを務める。
建物の様子とレリーフ
正面入り口付近です。すっかりとくたびれていますが、現役で使われているようです。
井上が学長を務めたのが、1925(大正14)年4月~1931(昭和6)年4月までなので、約6年ほどこの建物へ住んでいたと思われます。この旧宅から旧旅順工科大学までは約1キロちょっと歩くと10~15分くらいの距離です。学長なので迎えの自動車等で大学へ通ったのでしょうか。周辺は多くの旧宅が残り当時の面影を強く残しています。
左右2つの楼で構成されています。これは左側です。先端のデザイン、装飾は教会のようにも思えます。
大連市重点保護建築のレリーフ
出典サイト 江南的行走天地
どうしたわけか2011年5月時点ではこのレリーフを見つけることができません。どこに設置してあるのでしょうか。
参考サイト
井上禧之助とは(コトバンク)
旅順工科大学 (旧制)(Wikipedia)
大连旅行者的博客
アクセス / 地図
五四街を旅順駅方面へ緩やかな傾斜を進むと井上禧之助が旅順を去ったあとに建立、創建された旧関東神宮の大鳥居などがあったと推定される参道に着きます。203(二〇三)高地方面へ進むと旧粛親王邸があります。南へ歩くと旅順博物館などがあります。それぞれへ2~5分ほどで行ける場所です。
タグ: 旅順
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更新日: 2013-02-08
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