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在瀋陽日本国総領事館大連事務所副領事 高比良 飛鳥さん

「日本を深く理解していただくことが復興につながると信じています」

元気な日本を広く紹介する「日本フェスタ」が大盛況のうちに終了した。日本食から着物や美容、各種物産の紹介、バンド演奏まで日本の魅力を強くアピールし、来場した中国の若者たちからも好評だった。今回のイベントを担当した在瀋陽日本国総領事館大連事務所副領事の高比良飛鳥さんにイベントを振り返りながら、外交官として日中関係に寄せる思いを聞いた。(関連記事は8ページ)

――震災後の日本を訴えた「日本フェスタ」が3月16日にフラマホテルで開かれ、大盛況でしたね。

 「当初は400人ほどの方に来ていただけると良いと思っていましたが、いざふたを開けると、金曜日の午後で、雨降りの悪条件にもかかわらず中国、日本人を合わせて900人以上の来場者でした。人集めに協力していただいた協力団体のおかげと感謝しています」

――今回は多くの日本産品が出品され、ステージパフォーマンスもありました。準備は大変だったでしょう。

 「まずは各企業や協力団体に開催目的を説明し、参加していただく交渉など通常のイベントより多く1か月以上の時間がかかりました。外務省のイベント予算が少ないものですから、いかに有効的に予算を使うのか頭を悩ませました。お客様に楽しんでいただくよう、料理も数回に分けて出したり、ステージも見ていただけるよう時間の配分を考えたり、苦労しました」

――ボランティアで参加された方も目立ちました。

 「留学社団の方々には餅つきの準備から当日のお手伝いまでやっていただきました。企業からコンパニオン20人を派遣していただき、チャイナドレスを着た彼女達は場内案内をしながら会場を華やかなムードにしてくれました。みなさんの協力があればこその盛り上がりでした」

――たくさんの中国人が来場した理由のひとつに、大震災で日本への関心が高まったことがあるのでしょうね。

 「もともと大連は、中国の中でも親日感情のレベルが高い所です。震災前から日本と深い絆があり、震災で変わったことはありません。しかし、大震災で宮城県女川市にある佐藤水産の佐藤充専務が20人の中国人研修生を助けた事件は大連市民に大きな感動を与えました。そのうち大連の4人を含む5人の研修生が2月に日本へ戻りました。亡くなられた佐藤さんを命の恩人として、親の反対を押し切って日本の生活に戻ったのです。この事は大連と日本の関係を象徴していると思います」

――髙比良さんは実務担当者としてイベントにかかわってきました。どのような思いで取り組んだのでしょうか。

 「初めにどのようなコンセプトでイベントをするかを先輩達と話し合いました。震災復興を直接訴えるのでなく、日本の魅力をアピールし、日本全体を理解していただけるようにしました。去年は『日本食フェスタ』でしたが、今年は日本食をはじめ、企業や地方自治体の紹介ブース、新旧日本文化の紹介とオールジャパンで取り組みました。日本を深く理解していただくことが復興につながると信じています」

――外交官としての髙比良さんは、今後どのように中国とかかわっていくのでしょうか。

 「まだ新人の私には大きなことは言えませんが、日本と中国は経済的に大きなパートナーの関係にあります。政治と経済の安定を図ることが外交官の仕事だと思っています。大連では5月にアカシヤ祭り、6月に夏祭り、9月にファション祭りとイベントが目白押しですが、各企業と一緒にオールジャパンで成功させたいものです。特に将来を担った中国の学生に参加していただき、日本を知り、理解して欲しいと思います」

――今年は日中国交正常化40周年です。この節目に寄せる思いをお聞かせください。

 「先輩に『目の前にある小さな仕事をこつこつと積み上げていけば、自分のキャリアアップになり、ひいては国益になる』と言われたことが私の仕事の基本です。大学で朝鮮語を学び、朝鮮にも留学しました。外務省に入って中国専門職になりましたが、今、まさに日中韓の政治、経済の安定化が必要となっています。そんな中で私の役割が出てくると思います。それにはまだ勉強しなければなりませんが、前を見つめて頑張っていきます」

【経歴】
高比良 飛鳥さん
 1983年埼玉生まれ。中学校卒業まで父親の仕事の関係でマレーシアと韓国で暮らし、日本人学校に通う。韓国で暮らした経験から、朝鮮半島に興味を持ち、2002年、東京外大朝鮮語専攻に入学。韓国で1年の交換留学を経験し卒業。朝鮮語通訳官を目指し外務省に入省するが、任された言語は中国語。大連の遼寧師範大学で2年間の研修を経て、現在は中国語担当官として、在瀋陽日本国総領事館大連出張駐在官事務所に勤務。広報文化を担当。

【取材を終えて】
胸に秘めた外交官魂

 髙比良さんにお会いして外交官のイメージが変わりました。隣に住んでいる普通の綺麗なお姉さんのようで、焦りも気負いもなく、胸には自分の考えをしっかり持たれています。特に若い中国の人達に日本へ興味を持ち、理解をしてもらいたいと目を輝かせて話してくれました
 日中国交正常化40周年の今年。日本との経済関係も切っても切れない間柄になりました。「歴史上では知識として知っていますが、40年前に国交がなかったなんて想像もつきません」と話す髙比良さん。日本、中国、韓国――髙比良さんのような若い人たちが、さらなる友好関係を築き上げるに違いない、との確信を持ってインタビューを終えました。
猪瀬 和恵

この投稿は 2012年4月17日 火曜日 11:22 AM に Whenever誌面コンテンツ, 巻頭インタビュー カテゴリーに公開されました。

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掲載日: 2012-04-17
更新日: 2012-06-06
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